自分の意思で、足を開く。
それで得られる大きなものがあるのならば
この肉を使うことも、浅ましい欲望を受け入れることも厭わない。
けれど、この身が玩ばれるためだけに制圧される瞬間、落とされる嘲笑だけは
本能的に受け入れられなくて、嫌悪で眉が寄るのだけはいつも止められなかった。
「……弁慶…」
苦痛でも圧迫感でもなく、与えられたのは頬に感じる掌の温もり。
きつく閉じていたまぶたを開ければ、霞んだ視界には案ずるような目でこちらを見据える馴染んだ顔があった。
「……くろ…う?」
「やはり、辛いのだろうな……大丈夫か?」
流していない涙の跡を辿るように頬を撫でられ、流れた思考の先で込められた眉間の力が緩むのを感じる。頬に添えられた九郎の掌に自分のものを重ねれば、唇には微笑みまで浮かんだ。
「…辛いわけじゃないですよ。今はきっと…」
「君のほうが辛いはずでしょう?」
戯れに九郎の首筋に指を這わせれば、ぷくっと頬を膨らませる九郎が愛おしい。
「俺はそんなに堪え性がないか?」
「…違いますよ」
足を開かれたまま、組み敷かれたまま、睦言を語られるのには慣れていない。
ただ、吐き落とされたのは嘲笑と侮蔑と、犯されることにすら歓喜するこの肉体を罵る声。
「……僕が、このままだと堪えられないだけです」
そう、いつ、この優しい腕が幻で、呼ぶ声が聞こえなくなって、
求める先に…縋る指の先に何も無くなってしまうのではないかと。
「……わかった」
僕のあけすけな言葉を受けて、少しだけ照れたように頬を染めた九郎が
ゆっくりと身体を預けてくる。それと共に、身体の中心に熱く湿ったものがあてがわれて唇が戦慄いた。
その震えを痛みと解釈したのか、九郎が唇を寄せてくる。
舌を絡めて吸い上げると挿し込まれる熱がさらに膨れてちりちりとした痛みが増した。
「――っつ!」
「……く…べんけい…」
瞳を閉じると先ほどまで囚われていた有らぬ思考に攫われそうで、
焦点が定まらない目線で必死に目の前の姿を追った。
ずるりと奥に滑り込む度に、九郎の表情に余裕がなくなって、苦しげに息を吐く。
苦悶の表情は、まるで悲しみに追いたてられるかのようで目を見張る。
欲望を受け入れる秘所は熱い。九郎が悦楽を感じていないはずはないのに、
眉を寄せて何かをかみ殺すようにこちらを見据えていた。
目線を合わせると、まるで焦るかのようにぎゅう、と力任せに最奥を突かれた。
彼を呼ぼうと紡いだ声が嬌声で掻き消える。
「…くっ……あぁ…!」
これ以上暴かれたら、自分を手放してしまいそうな程奥まで繋がりながら、それでも足りないといわんばかりに抱きすくめてくる。
「ん…っ、弁慶…べん…けい…」
耳朶に口付けるほどの距離で吹き込まれる名前に、ぞくりと快楽が増長する。
頭の中は湿った、けれども真剣な九郎の声と吐息で満たされていく。
この身が、嘲笑される性の道具ではなく、ただひとつの人間の、この僕の身体なのだと。
名前を呼ばれるたびに、刷り込まれる。
「弁慶…べんけい……」
「……ああ、もう…そんなに……」
お願いだから力強く呼ばないで欲しい。
裏腹にそう思うけれど、そんな不要な思考までも追い出すように繰り返される呼ぶ声。
そういえば、策を巡らせる時も、悪い思考に理性まで奪われそうな時でさえ、
この声があまりにも煩く僕を呼ぶから。
だから君以外のことなんて考えられなくなっていたんだ。
「……く…ろう…」
嬌声と吐息が絶え間なくあふれて止まらない口元から、かみ締めるように君の名を呼ぶ。
大切な名前。大切なひと。あまりにも近い位置で目が合って、不意に君が困ったように
微笑んだ気がした。
「……べんけい…」
ああもう、君以外なんて。
ゆっくりと瞳を閉じてみる。どんなに揺さぶられても、深く強く犯されても。
君で溢れるばかりに満たされたこの心は、もう不吉な白昼夢など見る余裕すら与えられていない。
君ばかり想う熱情の中で、逃げることも赦されない倖いに途方にくれたまま、
ただこの身を閉じ込めて離さない暖かな腕に縋った。
017.呼ぶ声
the やまなしおちなしいみなし!
もうすこし、内容ある話のはずだったのですが、
ふたりが仕合わせそうに抱きしめ合ってるのでまあいいか。と。
すべて世は事もなし。(え)
2006/09/06 up *九弁没小話発掘祭り*