027. 瞳に映る
「…源氏を拒絶された?……ふざけるな……」
低く、くぐもった呟きは急速に熱を帯びた。
無理矢理に、押さえつけ凍らせた感情は、解き放てば激しい慟哭を孕む。
「あいつは、一度だって熊野を受け入れたことなんかなかった。俺は…一度だってあいつに受け入れられたことなんてなかった!!」
それほどまでに、堪えつづけていたのかと吐き出された感情の荒荒しさに驚き、その間もなく翻弄される。
目の前で、目を見開いたまま、九郎がこちらを凝視している。
驚愕のみで、不審も、嘲りも、偽りもない純粋な瞳。
好むべきそれらも、今は火に油を注ぐだけの無知に見えた。
何も考えていない、のだ。この男は。
その全てを疑うことすらなく預け、心変わりに似た仕打ちに拗ねる愚かさに気づきもしない。
「あいつのこと、分からなくなってるんだろ。大切なのか憎いのか仲間なのか敵なのか!だから尻込みしてるんだろ?だったら確かめればいい。でもそれが恐ろしくて仕方がないんだろ?……甘えるなよ」
徹底的な侮辱に、一瞬、九郎の眉が寄る。けれど、その戦慄く唇は音を成さなかった。
戸惑うように逸らされた瞳。それは染み渡る真実に苦しげに喘ぐ心のままに。
だが、まだだ。まだ、足りない。
「あいつがそのまま消えてなくなるのがいいなら、今のまま軍を率いてまごまごしていればいい。それはそれであんたの自由だ、かまわないよ。……ただ、一言言っておく」
振り戻される視線を強い眼光で捕らえて、竦む瞳孔すら許さないようにきつく睨む。
「赦されていることに安穏としすぎてたんだよ、あんたは」
……九郎が、引き攣れた空気を飲みこむように、ごくりと喉を鳴らした。
「あんな男に何一つ、赦されなかった人間もいるってことをな。追い縋ることも大切な肉親だと伝えることも誰に語ることすら赦されなかった。ただ…幼い時からあいつは…」
そうだ、あいつは……弁慶は。
脳裏に鮮明に蘇るのは、いつもその憎たらしいまでの微笑。
ゆっくりと微笑ながら『自分を殺せ』と『自分を拒絶しろ』だけ俺に言いつづけた。
綺麗な目をして、まっすぐに何も迷うことなくただ…。
「……あいつは、何も俺に赦さなかった…!!!」
助けたかったんだ。悲しい目をした綺麗な人を。
小さいころからずっと見てきた。ただ、殺せという強暴で不吉な響きの意味すらわからずに嫌だと首を振って。
それでも、何を言われても何を乞われてもきっと大切にしたかったんだ。
あの瞳が、苦悩を忘れて微笑みかけてくれること。自分を認めてくれること。
ただ、俺に目を止めてくれること……。大きくなったら、自分が大人になって、
熊野をきちんと掌握することが出来たなら、『熊野の次期別当』だけでなく、俺個人の姿を見てくれると信じていたのに。
「……俺が別当になって一番にしたこと、それは……あいつを熊野から消すことだったんだから」
「…わかった、もういい。ヒノエ」
「わかってねぇだろ、あんたは!何にも!!」
あんたは、俺が望みつづけた瞳をずっと始めから赦されている人間なんだから。