「……不思議だな」
不意に書物を支えていた右手首を捕らえられて、空気のように馴染んだ気配で座していた傍らの九郎に視線を向ける。
「どうしたんですか?急に」
反射的に引っ込めそうになった指先を握りこむように九郎の指が滑る。
指の節を辿るように手の甲に達して、その意図をようやく理解した。
自らの右手にいつの間にか存在した、淡い飴色の宝玉。
八葉としての揺るがない証。
同じだが、輝きの異なるものを九郎とてその身に宿しているというのに、
まるで今、初めて見つけた珍しいものを検分するかのよう視線を向けてくる。
「痛みもなく、いつの間にかこんなものが身体の一部となっていることも解せなかったが…何よりも」
そこで、九郎にしては珍しく、困ったような、苦いような不思議な色を
顔に浮かべて、言った。
「これが龍神の神子を守る八葉の証であるということが」
解せない、と口を尖らせる。
「僕も書物で読んで概要は知っていましたが…わが身に事象として起こるまでは信じられなかったですからね。無理はないですよ」
軽い戯れから、書物に戻ろうと視線を動かすと再び、
今度は遠慮なく右側から腕を引かれて、身体の均衡が崩される。
「…ちょ…九郎」
不覚にも倒れこむように九郎に引き寄せられて、
あまりの近さに、九郎が小さく零した言葉がころりと耳の中に転がり込んできた。
「目に見える…絆……か」
抱きすくめられる、その腕の中で。
それは不意に、か細く、けれども異様な熱を持っていた。
「……九郎」
「…………なんでもないんだ」
言い知れぬ感情。
九郎の心情など推察することしかできないが、
多分、そこにあるのは不安なのだろう。
今、九郎の傍らにある己の存在。
それすら幼い時分、一方的に手を振り払われ、
消えてしまった温もりと同じように儚いと
闇雲に怯える心。
その手の内に囲いながら、
いつか失うそのときを憂う。
その思考は、まるで己自身の持ち物のようで、視線が漂う。
「…目に見えれば…」
抱き寄せられた胸に頬を寄せて、
神子との縁を示す宝玉を探り当てるように腕に縋って。
「……いいんですか?…なら」
小さく震える胸の内を溶かすように、首筋から袷にかけて唇で辿れば
確かな熱が生まれ、じわりじわりと燻る焔となる。
「…弁慶」
「……このまま」
似ても似つかぬ彼と自分の間にある、同じ色の一抹の寂しさ。
それは時に荒々しく僕と九郎を繋ぎとめる。
誘い込むというよりも、お互いがお互いを闇の中で探り当てるように
暴きあう腕は、ほんのひと時だけ、すべてを忘れさせてくれる。
薄く漂い始めた快楽に滲んだ瞳で見据えるもの。
今、この瞬間、絡み合う指先だけが、九郎と自分を結ぶ確かな絆なのだ、と
己を包むこのあたたかな世界に気づかれないように自嘲を浮かべた。
033.きずな
九郎と弁慶は史実の悲しみを漂わせた存在でもあるので、
意識してほの暗くならないよう描写を心がけていた部分があるのです(ほんとうか)、
そのあたりをすとんと忘れるとこんなかんじになります。
なぐさめあうからだのきずな。
ラブラブを目指しているのに…おかしいな。
2007/09/18 harusame *九弁没小話発掘祭り2007*