081. 初恋

相手の身体を余すところなく見聞する。
浮かんだ汗も、滲んだ熱も、過去に刻まれた傷跡でさえもすべて。
一番大きな肩口の傷跡に唇を寄せれば、むずがるように九郎が身をよじった。

「…その傷はお前がつけたんじゃなかったか?」
「……そうでしたっけ…?」

傷つけられた当時の凄惨さはすっかり形を潜めているが、
上腕から肩へ大きく弧を描いた三日月形の裂傷は
攻撃者の一閃を当時のまま刻み付けたかのようだ。
躊躇いも、慈悲も無く渾身の力を込めて払い除けた痕跡。

「……そうでしたっけ」

「そうだぞ。あれは確か、俺達が初めて出会った日で……」
「初めて?」

綺麗な思い出のはずもない。
当時の五条大橋の上はある意味戦場で、僕達は紛れも無く敵同士だった。
明るすぎる月の下で、鮮烈ではあるが、美しい記憶ではないはずで。

もう曖昧な遠い記憶を辿るように視線を彷徨わせれば、
視界の隅で九郎が照れくさそうに、笑った。

「全く……不覚だった」

当時は激しい痛みも苦しみもあっただろうに、
その目を細め、口元を緩めて笑う九郎の表情は満ち足りていて
不審が募った。まるで、たとえにならないが、それは。

「なんだか、お前にはいつも不覚をとってばっかりだな」
「……っつ…くろ…」

既に散々乱された身体を引き寄せる強い力は奔放で
再び腕の中に連れ込まれる。
暴かれ、一度は鎮まった熱を再度辿られて、不意に唇を噛んだ。

何度も貫かれ、苛まれた箇所がそれだけで期待にぐずぐずと疼き始める。

「……目が醒めるような一閃だった。
行く先も見えず燻っていた気持ちまで切り裂くような……」

淡々と言葉を紡ぎつつも、九郎から与えられる愛撫は容赦ない。
するすると身体の表面を辿るだけなのに、慣れ親しんだ所作は
奥深くの痺れを想起させる。

「……ちょ…っつ」

不意に大きく足を割り開かれ、均衡を崩して思わず肩口に縋った。

その一瞬、目には映るもの。指先には感じないもの。
もう九郎そのものに馴染んでしまったその傷跡が不思議で
九郎の真似をするようにそろそろと辿れば、焦れたのか
前触れもなく熱を突き立てられた。

「……あぁ…っ…!」
衝撃に思わず爪を立てる。
引き攣れたように見える肌に爪が食い込んだ。

「……こうやってずっと……」

「お前に翻弄されてきたからその傷跡は消えないのかもな」
「そ……んなの…関係な……」

引っ掻かれた微かな痛みにさえ、目を細めて微笑む。
律動と残滓に塗れた、行為の最中に不似合いなほどの穏やかさ。
情欲の燻る目を合わせ、唇を寄せ、舌が痺れるまで絡め吸い上げても尚、
口元だけは酷く優しく弧を描く。


「……く…ろ…ぁ…」
唯でさえ弱い箇所を幾度となく硬く張り詰めたもので擦られ、
その責め苦に堪えきれず欲を吐き出した。
呼吸すらままならず、ひくひくと間欠に身体全体が波打つのをあやす様に
抱き締められた。それに安心し、途切れ途切れに小さく息を吐き出す。

「あの日……焦がれたもの…か」
不意に九郎が柔らかく零した小さな言葉は
耳朶に口付けられた濡れた音で掻き消えそうになる。

「……なん…ですか…?」
「……なんでもない…ただ…よかったなって思ったんだ」

九郎が目を閉じ首筋に唇を寄せ、溢れ満ち足りたように笑う。
……もういちど。

「あの出会った日のお前への憧れ……
そして、今その存在を腕に閉じ込めている幸せに」

九郎の肩口に未だ残る遠い日の傷跡を辿れば、思い起されるもの。
それは心の底から欲しいものを見つけたように目を見開く小さな彼。

まるで、それは、初めての恋におちたときのような。

 

081.初恋 

九郎さんのはつこいはまぎれもなく弁慶さんでよいと思っています。
あああもう思う様に文章が書けないことにぷるぷるする…。
祝ってないけど…ラブラブということで許して九郎さん…!!!(ひれ伏し)
ビバハッピーバースデー!!

2009/11/10 harusame
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