「将臣か。よくきたな」

そう言って、にこりと笑う九郎の顔色は昨日と比べればよほどいい。
「風邪と傷の具合は大分よくなったみたいだな」
「熱は引いたようだし、もう平気だ。なんともない」
手土産がわりの柿の実を差し出すと一瞬怪訝そうな顔をしたものの
『……、というあれか』と呟きを零し、痛めていない右手を差し出した。

「…ところでさ、九郎。今朝のはなんだったんだ」
「…今朝、とはなんだ」
とぼけるわりに、眉頭は先程までとはうってかわって不機嫌そうに波打っている。
……本当にわかりやすい奴。
「朝方の盛大な喧嘩以外あるか。弁慶の奴、づかづかどこかへ出かけたままだぞ」
その後姿でも思い出したのか、心持ち九郎の視線が下に落ちる。
「……なんでもない」
「なんでもないはずねえだろ。『もう、九郎なんて知りません!』って啖呵きってただろ」
「……盗み聞きか」
「聞かれて困るなら三軒隣まで響くような声のトーンで言い合いなんかするな」

問い詰めるような語調に、九郎は言葉を飲み込んだまま無言になってしまった。
その姿を見ると、弱っているところを苛めている錯覚にも陥って
不思議とこちらの気まで滅入ってくる。


「なあ、原因はなんなんだよ。それがわかればなんとかできることもあるだろうが!」

どんどんと俺の投げかける言葉の重みに頭を垂れる九郎が、ふと、ちいさなこえで。
「……原因は、あいつが無茶ばかりするからだ…」

言葉に出すと、収まりきらなくなったのか。今度はもう少し大きな声で。
「俺の周りのことばかり優先させているから、今日だって殆ど眠りもせずにふらふらだろうから!…俺のことは放っておけっていっただけだ」

「……は?」
……なんか、こんなのどこかで見たこと聞いたことあるような…??
(それも、月9もしくは昼メロかの両極端のテレビドラマ限定で)

そんな俺のささやかな現代への望郷を尻目に、九郎は堰を切ったように話しはじめる。
「それで急に怒り出して、『知りません!』だ。さっぱりわからん。
…しかし……。……なあ、将臣。これは、もしかしたら、弁慶に渡せと言われたのか?」

手の中に大事そうにもっていた、柿を掌に載せて。
なんだか、急に。寂しそうに。

「……お前達の世界では『医者』…という薬師のようなものが"いらな"くなるらしいな。柿を食べると病気にならないから……。そんなことを前に望美が言っていた。そういう意味なのか……これは。」

いつも猪突猛進とまでにまっすぐな九郎が、ぼんやりと視線を彷徨わせたまま、ひとりごちる。
その切なげな眼差しの先には…。

『僕なんか、いらないんでしょう?』

……そんな感じで今、九郎の脳内では儚げに弁慶が笑っていることだろう…。
……あああ。韓流ドラマでも日活でもいい。いっそ浪漫ポルノでもいい!!かかってきやがれ!!
なんだ、これ。なんなんだこれ…!

例えるならば猪木『炎のボンバイエ』とともに現れるアジ●ンキッチンのビックビックリパフェを完食した後のような、上がりすぎた血糖値に眩暈を覚える感覚。
今も弁慶を想い涙目になる九郎が遠く霞み、目の前には今朝の情景が思い起こされてくる。

+ + + + +


『……将臣くん』
街の偵察にから戻ったら、柔らかい声に呼び止められて振り返る。
そこには珍しく、笑顔に張りがない弁慶が立っていた。
『お願いがあるんです。…ちょっとの間、九郎が莫迦みたいに無理をしないように
様子をみてくれませんか?』

いつものように笑っているが、なんだかすごく傷ついた後のような…
そんな後味を遺しているので、なんとなく放って置けなくて。
『……いいけど、お前は?』
『今は僕じゃ駄目みたいです。将臣くんが声をかけてあげてくれたら、九郎は喜ぶと思いますよ。
あのひとはあなたのことすごく気に入っているから』

そんなはずはないと思う。
九郎はその微笑に全面的に信頼を寄せていて、
なによりも気にかけているのは傍目からみても明らかだ。
にもかかわらず、まるでかの人に背を向けられつづけているかのようにその節目がちな視線は語る。

『九郎ってば、子供みたいに柿とか甘いものが好きなんです。
好きなものでもあげて元気付けてやってください』
よろしくお願いします。と頭を下げると、その黒い外套は戸口へとふらふらと消えていった。

+ + + + +

朝方の言い合いというのは、実は望美から聞いただけのこと。
その激しいやりとりを知らずに、二人の無闇に塞ぎこんだ姿だけを見ると…
なんだか、だんだん…本気で馬鹿馬鹿しくなってきた。
そりゃあもう、真剣に痴話喧嘩に悩む二人には失礼極まりない反応かもしれないが。

「九郎…とりあえず、喰っとけ。それ。」
たった、それだけを言うだけでもなんだか溜息が漏れてくる。
「……いや、いい。これは後で戴くことにする。」
「甘いものが好きだから、って言ったんだよ。弁慶は!だから変な考え起こさずに喰え」
本当はあの萎れた笑顔の下で、何を考えていたかなんて知る由もないけれど。

「……これを貰って、食事を遺したりしたらまた、弁慶が烈火のごとく怒るからな。」
「……………………」

……これはこれは……。

「は――――――――…」
「……どうした、将臣。」
盛大な溜息に、センチメンタル気味の九郎がこちらを向く。
「馬に蹴られる…ってあっちの世界ならそうそうないが、こっちの世界だと日常であるからな…。」
注意だけはしておこうか、なんて検討違いな決意を胸に固めた。
ついでに、もう、求めるものはこれ以外ない。絶対にない。いいかげんにしてくれ。

「……九郎。そうすると、弁慶はお前の様子を隠れて見てるってことか?」
「隠れて様子をみる必要性がわからん」
「いいから!!!あ――!!なんで俺がこんな目に……耳貸せ!」

むすっと頬を膨らませた九郎の耳を引き摺り寄せる。
への字と一層深くなる眉間の皺。
それでも、何が何でも従わせてみせる。
俺の、他の八葉の、望美の心の平安のために。
たった一言。


「……将臣くんの入れ知恵ですか…」
ぼそりと呟く、恨めしげで、でもなんだか満ち足りたような
相変わらず読めない声音は無視することにする。

返された九郎の膳。そこには手をつけていない柿の実ひとつと
それに添えられた書き手の全て物語るような、不器用な字。

『弁慶、すまなかった』

それはもう、二人のためというよりは
俺と彼らを取り巻く人間達の、ただ心の平安のために。



097. 手書きの文字
 
097.手書きの文字 

せっかくの九弁記念日なのでお馬鹿ップル九弁を没フォルダから発掘。
果敢にも不得手なギャグテイストにしようとしたらしく、
想像以上にオツムがむず痒い感じに。
あーりえなーい。なんかこれありえーなーい!!
でもこのくらいはた迷惑にスィート??だと面白おかしくていいです。(いいんか)

将臣って、現代語も使えるし、ものの見方は客観的だし
色々回りも見えるしパリっと語れるタイプなので
物語を一人称で進める際の理想的な語り部なのね。

2006/09/11 up *九弁没小話発掘祭り*
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