遠く、鐘の音が聞こえる。

慌しい年の瀬を過ごし、新年まであと僅かな時間となった頃。
弁慶と二人で暖をとりつつ、とりとめのない話をしていたように思う。

夜のしじまに鐘の音が繰り返し木霊して、新しい年を迎える。
引き締まった気持ちの中、ふと、傍らによりそった弁慶がしっとりとその身を預けてきた。

「おい…どうした?」

嗜んでいた酒に酔ったのか、とその面を覗きこむが、ほの赤いというよりも蒼白に近い顔色に驚かされる。
「…なんでもありません」
「なんでもない、っていう顔ではないだろう。もう休め。部屋まで…」

連れて行ってやる、と続けようとした言葉は悪戯に俺の身体の上を滑る指先で封じられた。

「どうした?」
「…体調が、悪いわけではないんです。だから…」

「……べんけい?」

弁慶の指が俺の夜着の下帯を解くのにそうは時間がかからなかった。




指先はやわやわと脚の付け根あたりをさ迷いながら、舌先でこの身の中心をぺろりと舐め上げる。
熱くてぬめったその感覚に、びりっとした快楽が走った。

その感覚は酷く甘美で、ぞくぞくと背筋に甘い痺れが這い登った。
この後、熱い口内で愛撫され、融けるような舌使いでの悪戯に苛まれる悦びが続く。
そのことを、弁慶に教え込まれたこの身体は知っていた。

「……っ…!!」

その期待にも似た気持ちが、一瞬、俺の抵抗を封じてしまう。
そのことに弁慶は満足そうに微笑んで、行為を再開した。

「…っ…ふ…ん……」

先端を咥え込み、苦悶の表情を浮かべたまま必死に奉仕する弁慶の顔は真剣そのものだった。
悦楽から搾り出される俺の呻きにうっとりと耳を傾けたまま、質量を増す欲望に舌を這わせる。
先端から滲む滑りを啜り、指で形をなぞるようにもっともっとと強請る。
くびれた部分を特に念入りに指と舌で辿られれば、己の雄はビクビクと悦んで膨らんだ。

「……ちょっ…待て…べん…!」

もう、これ以上嬲られてはもたない。
股間のところに埋められた顔ごと引き剥がそうと試みたが、
弁慶は執拗に舌を絡めたまま、上目遣いでこちらを伺っていた。

「……っく…!!」
「…ん……っふ…」

弁慶が吸い上げるままに、口内に吐き出した欲望をこくりと飲み下す。
嚥下に伴って動く喉の動きを呆然と見て、我に返った。
下半身が未だ吐精の倦怠感に支配されていることが、更に羞恥を煽る。

「…っ…!弁慶…おまえ何を…」

責める響きで弁慶を見つめれば、唇の端についた白濁を指先で拭いながらも俯いている。
…いつもの挑戦的な誘いかけと異なる様子が訝しくて自然と眉が寄った。

「……くろう…」
「なんだ…?」

ぽつりと、名を呼んだのと同じ声が、小さく、言い訳をした。

「鐘の音が…聞こえるから…」
「……?…どういうことだ?」

新年を迎える夜、人々の煩悩と同じ数だけの鐘を鳴らし、心を鎮める。
それは至極当然の慣わしだ。

弁慶の謎かけのような言葉に、再度疑問を示すと、しばしの沈黙の後言葉は紡がれた。

「人の心を煩わし、心を悩ますものを消す…という鐘の音のもと……」

言いたくないことを無理矢理こじ開けるように、小さく呟かれたのは悲しい事実だった。

「……人々を苦しめる鬼の代わりに、当時、まだ何も知らない僕を……」

弁慶はほとんどと言っていいほど己を語らない。
だが、こうして時折こらえきれないように漏らされる断片だけでも辛酸に満ちていて息が詰まる。

俯いたまま、表情が伺えない様子に耐えかねて、額から順に口付けを施す。
睫、目尻、耳朶、鼻先、…と少しずつ辿り、そっとその唇をふさぐ。
先ほどまで俺の欲望を舐め梳いていた口内は独特の苦味を残していて
胸の内に複雑な気持が沸き上がったが、その表情は見て取ることが出来た。
…相変わらず、青白い顔で、唇を噛み締めているのが痛々しい。

遠く、もう一度鐘が響いた。

「では…こんなことはしないほうがいいんじゃないか?」
もし、弁慶の心に傷があるのだとしたら、その傷跡を反芻するような真似はしたくない。
けれど、彼は緩く微笑んでかぶりを振った。

「だから、君にして欲しいんです。だって…」
この長く奔放に舞う髪に指を絡ませながら、引き寄せてそっと。
「君は僕にとって、なによりも綺麗で愛しい存在だから」
「…なっ……」

恥ずかしいばかりの台詞に慄いて身を引きかけると胸元を滑る指先に微かに力が篭った。

「………」
「…弁慶?」

見上げる視線、物言いた気にわななく唇。
「……逃げないで…」
そこから搾り出されたのは、聞き取るのも難しいほどの微かな懇願だった。

繰り返される厳かな鐘の音も、ぴんと切れ上がるように澄んだ夜気も…
心に染みのように広がる苦い思いを除けてはくれない、と胸に打ち縋りながら呟く。

その唇が、その存在が儚くて幼気で愛おしさが募る。

「だから、君が抱きしめてくれたなら、繰り返す悪夢に終止符が打てる気がするんです」
「……弁慶」

預けられた身体は、真新しいにおいのする夜気の冷たさに温もりを奪われつつあった。
目の前で、このか細いものは凍えてしまうのではないかと、無性に心配になる。

「次にこの鐘を聞いても、思い出すのが君の暖かな腕ならば…こんなに幸せなことはない」

温もりを分け与えて、熱を生むように抱きしめて。
そうしてしまいたいという衝動が触れる手を引き寄せた。

「…それなら…遠慮などしないぞ…?」
「……おや、少しは遠慮しようとか思ってくれていたんですか?」
やっと吐き出された普段の憎まれ口とほくそえむ眼差しに安堵した。
どこか俺の知り得ない過去に捕われたままよりもずっといい。

縋る腕ごときつく抱きしめれば、その力強さに少しだけ身体が強張る。
その瞳を覗きこむと一瞬曇った目が困ったように微笑んだ。
胸に広がった暖かな気持ちをそのままに額に口付けを落とす。

まだ遠く、鐘の音は響いている。
腕の中で打ち震える身体にその残響が届かないように抱きしめて、
過去の凄惨な記憶を吸い取るように、その唇を塞いだ。



 

残響 (05.きず)
除夜の鐘って鎌倉〜室町時代に始まった風習らしく、1行目から時代錯誤。
携帯の文章(上限250文字)を繋ぎ始めてすぐ、うげげと思ったのだけど、もういいや!
新年的無礼講ということでひとつお目こぼしください。
弁慶が過去を漏らしたりするくだりも微妙ですが、新年万歳、Vivaハッピーニューイヤー☆(おいこら)
この後、九郎さんと弁慶さんがだらだらといたしてしまう描写が書きたかった気がするんだけど…
あ、しまった!姫納めて(始めて?)ない!これじゃ姫が九郎になってしまう…!!

2007/01/04 harusame
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