[ わたしのおきにいり ]


燈色の鮮やかな甘い柿。
鍛錬前の朝の澄み切った空気。
遠く山並みから眺める夕焼け。
夜更けに入る人気のない温泉。

「……それって全部九郎さんの好きなものなんじゃないですか?」
少しずつ思い出しながら述べているこちらの事などお構いなしに望美は呆れた様子で溜息をつく。
「…失礼なやつだな。弁慶も好きだって言っていたぞ」
「んもー!もっと喜んでくれそうなの気の利いた好物を思い出してくださいよ!」
九郎さんのついで、みたいなんじゃ困るんです!と失礼に無礼を重ねて望美は唇を尖らせる。

「……得体のしれない曼荼羅や、書物の山や薬の束じゃないのか?」
「それは、素人の私たちじゃよくわからないでしょう?九郎さん本当に弁慶さんの幼馴染?」


「……先輩。この間はちみつプリンを作ったときに弁慶さんも気に入ってくれたみたいですよ。だから…。」
「そうそう!そういえば弁慶この間、見てみたい書物があるって言っていたし!」
譲と景時が、低い唸り声を上げる望美をその背に庇う。

「…勝手にしろ」
はちみつぷりんが好きだとか、新しい書物が欲しいとか。
そんな話はされた事もない。聞いたことなどない。
…そもそも弁慶から何が欲しいとか何が好きだとかそういう話もあまり聞いたためしがない。

『九郎さん本当に弁慶さんの幼馴染?』

あいつは俺に、何も望まない。



+ + + + + + + + + + 



そんなことには、ずっと前からうっすらと気づいては、いた。
気が済んだのか、望美たちの去った空間には静寂が落ち、
けれど今更ながら首元にを突き付けられた事実に、奥歯を噛み締める。

「あー…しかし、ひでーな。望美は…九郎、お前気にすることないぞ」
ふと、大きくて、無作法な声が耳に届く。
程なくして肩をバンと叩かれた。知り合ってから幾度も繰り返されたそれは、
不思議と心を落ち着かせてくれるもののひとつになっていた。

「……将臣」
「わりーな。あいつも気が立ってたんだろ」

『幼馴染』の気持ちを理解し謝罪をするその笑顔は、苦笑に充ちてはいるものの何故か満足そうだ。

「いや、いいんだ。俺が的確に弁慶の好みを伝えてやれればよかったんだが…」
将臣と同じように俺も弁慶の心を思いやって、こんな風に言葉をかけてやることなどできるだろうか?

「疎い、鈍いと言われているが…確かに俺は将臣のように幼馴染の心の機微に敏くないんだろうな」
目の前の同じ青龍の加護を受けた片割れとの違う色の…諦めにも似た苦笑が漏れる。
あいつは、俺に、なにも覚らせない。

胸に澱のように黒いものが蟠ってゆくのが手に取るように分かる。
意識せずとも漏れた溜息。それが届いたのか、将臣はもう一度肩を軽く叩いた。


「まー相手があの弁慶だからな…掴み所がないっていうか、得体が知れないっていうか…」

なにか、否定しなくてはいけないような不穏なことを言われている気がする…
…がその後に続けられた言葉に気を取られ反論は音になることはなかった。

「そんなんだからさ、望美もなかなか誕生日プレゼントの名案が浮かばなくてイライラしてたんだろ」
「たんじょう…び…ぷ……れぜんと??」

たどたどしく紡ぐ言葉が、将臣の気をひいたのだろうか?
年下なのにこちらが見ていて安心するような穏やかな微笑を向けて丁寧に説明をしてくれる。

「ああ、こっちには誕生日…生まれたその日を祝うっていう風習がないんだよな…確か。弁慶が明日、誕生日なんだと。
だから望美の奴、プレゼント…あ、贈り物のことな?やるって張り切ってるんだ。『弁慶さんに喜んでもらうんだから!』って鼻息荒い荒い!!」

呆れつつもそんな状態が楽しくて仕方がないのか…将臣は笑う。
つられて俺にも微笑が戻ってくるのを感じていたら、
…ふと、その顔に年相応の悪戯めいた色が浮かんで、今度は肩を強く掴まれた。

「……な、そんなわけで、お前も弁慶の誕生日祝ってみる気、ないか?」

肩を掴む指はきつい。
将臣の微笑は深い。
逃げられないような行き場のなさを感じながらも、それでも、あの弁慶が喜んでくれるなら…とぎこちなく頷いた。


+ + + + + + + + + +


「……そうですか。そんなことが…」
憮然とした声で、弁慶が呟く。

本当ならば、弁慶が喜んでくれるはずだったのだが
(俺は、弁慶がこんなことで喜ぶとは思えなかったが……)
明らかに冷たい目で見下ろされて、思わず視線が泳ぐ。

今日は霜月の11日。
散々悩んだ挙句…と言いたいところだが、弁慶が怒るのも無理がない状態で目の前に鎮座しているのかもしれない。
ただ、将臣が咄嗟に思いついたままに、両手を胸の前で祈りを捧げるかのように組み、綺麗な布を裂いてつくった帯で結んでもらった。
そのまま弁慶を待っていた、のだ。望美たちの用意した宴とは別の、静かな部屋の中で。
…これが、『誕生日』の正しい祝い方なんだろうか?
そう質問を重ねる前に、将臣は「頑張れよ!」と激励の言葉を一つ残して催されている宴の席に消えていった。
その後、突然消えた俺を心配した弁慶に発見されることになる。


「……誕生日、おめでとう」

この言葉は絶対に弁慶に伝えたかった。
お前の存在がどれだけ俺の支えになってくれているか。ずっと傍にいてくれることが、どんなに力になってくれているか。
その気持ちを込めて、絶対に弁慶に伝えたかった。

その呑気な言葉に、何かが切れたのか、珍しく弁慶が声を荒げた。

「……全く!君も将臣くんも悪ふざけが過ぎます。もし、この瞬間に、闇討ちでもされたらどうするつもりなんですか!」
立場というものを弁えてください!と珍しく不機嫌そうに弁慶が詰め寄る。

「それは心配ない。何かあったときは、自分で解けるように結んでもらっているから」
綺麗な布は解けやすいように結んでもらった。その端は口に咥えてあり、すぐに解けるように配慮してある。

それでも、弁慶の不穏は拭えない。困ったように、思い悩むような目線で俺をちらりと睨む。
そんな顔をさせたかったわけではない。

『何馬鹿をやっているんですか。それで喜ぶと思っているのですか?』

…そんなふうに笑ってくれると思っていたのに。


「……『きんばく、もえー!』と将臣は言っていたが…」
「…なるほど、そういう意味ですか…」

すべてを理解したように、弁慶がくつくつと嘲笑う。
戦況は改善されるどころか、ますます悪くなっている気がする。

「まったく…君は無防備過ぎます。どうして、こんな」

相変わらずの膨れた口調のまま、弁慶が「ぷれぜんと」の意味を込め
両手を結んだ帯をするりと無造作に引く。
幾重にも重ねられた煌びやかな布が擦れて、ゆっくりと解けてゆく。

長く戒めれていた手首から解け落ちたものは床にしんなりと伸びて
あたかも投げ出された今の気持ちのようだ。
結ばれていた両手は自由になったものの、真っ直ぐに覗きこんでくる弁慶の瞳に晒されて
身動きができない。その息苦しさから逃れるように、本心が口をついて出てくるのを止められなかった。


「望美に…みんなに、お前が好きなもの、欲しがるものを聞かれたんだ。だが…」
情けない告白。きっと弁慶は呆れるだろう。

「必死になって考えたんだ。だが…ずっと一緒にいるのに、俺はお前を何も知らなかった。
俺はお前が喜ぶものを贈る事さえできないんだな」
…視線は、重圧に耐えられないように下がる。
下に落ちた「りぼん」を眺めて、搾り出すように懺悔の言葉を口にする。

「こんなにも、お前のことを喜ばせたいと頭は一杯なのに。お前を不機嫌にさせることしか出来ない…」

ふ、と弁慶が息をつく音が耳につき、
くすくすと笑う声は次第に大きく、明るい色を帯びていった。
「…もう……九郎。君は本当に困った人ですね」

視界の隅で、解いた布を指に絡ませ、困ったように弁慶が笑う。

その様に、その声音に顔を上げると、満面に悪戯な微笑を浮かべた弁慶の瞳とかち合った。
ほっとするような、いつもの顔。

「ひとつ例え話をしましょう。九郎。
君が何より一番好きなものを前にして、他に好きなものを述べることがありますか?」
俺が思い浮かべるよりも先に、弁慶は別の言葉を繋ぐ。

「それが、この世で一番大切なものなのに、それを抱えながら他の瑣末なものを思い描きますか?」
その謎かけのような言葉に首を傾げているうちに、目前に弁慶の顔が迫る。

「つまりはそういうことです。君が一番大切で、何より大好きだから。
…君が他に僕が好きなものを知る必要なんてないんです」

唇を掠め取られて、ゆっくりと艶かしく首に回される腕。
眩暈がする。

「一生懸命、僕を喜ばせようと考えてくれたんですね。ありがとう…」

この趣向が、将臣くんの入れ智恵なのが少し気になりますが…
という小さな呟きは次の言葉で頭の中から消し飛んだ。

「君がそうやって、僕のことだけで心を満たしてくれる。
それが何よりも、僕の至福です。だからそんな悲しい顔をしないで」

酷く近い位置で咲いたのは、まだ春がこないこの季節に開いた花のように可憐な笑顔。
それ何よりも求めていたやわらかな笑顔。
まだ、戦いを知らなかった頃によく見かけたなつかしいその風体にもう一度、心を込めて呟いた。

「弁慶、生まれてきてくれてありがとう…俺の傍にいてくれてありがとう…」


祈りと感謝を直接伝えるように、笑い声の絶えないその唇に、自分のものをそっと重ねた。


 
わたしのおきにいり(九郎+弁慶)

誕生日にブログに上げていたものをこちらに。
エロ、甘いの、辛いの、苦いの考えて結局は今回も苦手なギャグテイスト…。
でもひとつのスパイスは九郎受けをものすごく意識してみましたところ。
手持ちの将九、弁九本を読み漁り可愛らしい九郎とは…と哲学的問答を行いながら書きました。
だから少し普段と異なって楽しかったです。超攻め御曹司にしようか悩んだ。超悩んだ。
別室で、ラッピングされてもじもじした九郎がいたら、卒倒してしまう…(私が)

2007/02/11-
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