「……痛っ…ちょっと九郎…!」
むすっと膨れた唇は額の擦り傷へ仕返しとばかりに落とされた。

「…ん……」
それから、戯れのように鼻先に、そして頬に。
ちゅ、と音を立てて触れては離れる口付けに身じろぎをすれば
おもむろに袷に手を差し込まれて瞠目する。

「……するんですか?」
「…して悪いか」

『強請ったのはお前だ』と偉そうに告げる癖に、
緋のように頬を染めているのは反則だと思う。

「…悪いはず、ないじゃないですか」

微笑みを浮かべてそう告げるとほっと胸を撫で下ろす吐息が鼻先をくすぐる。
その甘い呼吸も、掬い上げるような腕も、
攫われるような唇への接吻も。
…柔らかい、優しい。


□ □ □ □ □


「ふ…っ…ん…!」

すっかり融けきった身体を九郎の唇が這う。

肌蹴た鎖骨にひとつ、そのままゆるゆると下って胸に。
頂きを戯れのように舐め上げて舌先で転がされれば、
不意に背筋にぞくぞくと駆け抜ける感覚。
善さに揺れる肩を見咎めるように、微笑む息遣いが更に熟れた己を追い詰めた。

身体は酔いに支配されてひたすらに気怠い。
足を左右に大きく開かれて、九郎の前に緩く沸き立つ欲望を曝け出されてもなお、
燻った瞳で見上げることしかできなかった。

「……くろう……」
何もしてあげることができない、この状態で言えることはひとつだけだ。

「……きみの…好きなように…」
「…!!な……!」
すべてを赦すように微笑を浮かべてそう告げると、
みるみる目の前の九郎の顔に朱が上った。

一瞬こちらから目をそらし、戸惑うように視線をさ迷わせる。
なにを考えているのかと小首を傾げてその百面相を見つめれば、
意を決したように唇を寄せてきた。

「ばか…反則だ…それは」

唇の上に落とされた呟きに苦笑し、その胸に撓垂れ掛かる。
「どうして…?きみの…思うが侭に…して」

同じように重ねた唇にそう告げると、性急に欲望に指が掛けられ腰が震える。
強請る眼差しで見上げれば、九郎が頬を染め、しかし苦々しい目でこちらを見据える。

「……ほんとうに…そんな顔をするのは俺の前だけにしてくれ」
「なにかいいま…も……ぁ…!」

ぽつりと零した本音を聞き返す前に
その独占欲をはぐらかす様に鈴口に口付けが落とされた。
そのまま一気にくわえ込まれ、舌が這うたびに伝い落ちる唾液の感覚に腰が震える。

「はぁ……ぁ…くろ…」
足の間に埋められた九郎に必死に腕を伸ばし、その髪に指を差し入れる。
浅い呼吸を繰り返すたびにぐるぐると回る視界を拒むように
彼の頭部に縋れば、諌めるように愛撫が深くなる。
そうではない。やめて欲しいわけではないが、もう少し……。

「……ま…って……っつ…!!」

駆け抜けるように追い立てられて、一気に高みから落ちる。
視界が真っ白に染まって、一瞬詰まった息は、ゆるい安堵とともに唇から零れた。

「……まだいけるか?」
乱れきった呼吸を繰り返し、こめかみではどくどくと心音が煩く鳴っている。
待って、と縋る声は音にならず、覗き込んできた九郎の蕩けたような目は雄弁に
欲を物語りこちらを見据える。

待って欲しい、もう少しだけ。
その懇願はうっとりと目を細めた九郎に届いたのだろうか。


身体をずらし、傍らに手を伸ばす彼が、不意に自分からは見えない位置に手を伸ばした。

そこに、今までと違うひやりとした温度を感じて言い知れぬ恐怖に身を竦ませる。
「……なにを……?」
「……こうすれば、少しは、楽か?」
どろりとした、冷たい液体が秘所から大腿へと伝わる。
その液体の芳香。
……九郎の真意。それが朧げながら理解できると余りの暴挙に顔から血の気が引くのが分かる。

「や…!九郎そんな冗談みたいなことやめてください…!!」

逃れよう、振りほどこうとするものの、手足には未だ力が篭らず
その冷たいもののとともに、彼の指が挿し入れられるの赦してしまう。

九郎が、この身を慣らす潤滑として注いだもの。
それは先ほどまで傍らにあった杯の…残滓。

封じられた肢体のかわりに掻き回されて熱く蠢く奥だけが
自分の本心のような気すらして羞恥に奥歯を噛み締める。

「……大丈夫か?痛くはないか?」
「…んぅ…!ぁ……。」

痛みではない。ただいつもより焼け付くような熱さだけ躯をめぐり
嬌声が噛殺せない。ただ、どうして、九郎がこんな真似を…と動揺ばかりが先に立ち
拒絶もままならず、ただ喘ぐ。

「……甘い、な」

押しひろげる箇所から零れた蜜に舌を這わせながら、囁く声が、その髪が肌を擽る。
甘いはずなどないものを嘗めとりながら、らしくもないあけすけな言葉を吐く九郎は
まるで酩酊でもしているかのようだ……。

…………。
……九郎も…酔って…?まさか。

いつもの気遣わしい様の影で、たった少しの休止を願う小さな懇願にさえ気がつけない。
普段より積極的に求めるその姿勢が、今の己と同じように酒気に誑かされたものだとしても。
ただでさえ火照った体温が正気を焼き切る熱に変わるのを止める事など出来なかった。

「ん…っ…っ…馬、鹿っ…!」

失敗…だった。
一番気なんか許してはいけないのは、案外馬鹿正直で加減を知らない
この人なのかもしれない。

 
050.境界 2 

数年前に書いた小話(これ)の続きエロパートがあったので加筆してバースデイ代わりに。
お誕生日パーティの後に酩酊して弁慶さんに多少無体をしてしまうといいよ。
この小話での目標はべんけいさんに「いや!」って言わせることでした。
なんだか非常にやっつけな感じがしないでもないですが、
とりあえずビバハッピーバースデー☆

2008/11/09 up
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